先日、東京にて開催されました第155回日本美容外科学会(JSAPS)学術集会にシンポジストとして登壇いたしました。
今回のメインテーマは「安全に行う注入治療」。 私は「安全に行うボツリヌス治療 〜患者・製剤・技術の3要素から考える〜」と題して発表を行ってまいりました。

実は今回の登壇は、ここ数年の中でも最も身の引き締まる、特別な緊張感を伴うものでした。それは、本大会の会頭を務められたのが、千葉大学大学院形成外科学の三川信之教授であったからです。
三川先生は、私が研修医だった頃から、手術の手技はもちろんのこと、学会発表の作法についても基礎から叩き込んでくださった、私にとっての「大恩師」でいらっしゃいます。その恩師が会頭を務められる学会でシンポジストを任せていただけるということは、大変光栄であり、同時に「決して妥協した内容は示せない」という強い責任感を感じる時間でもありました。

この学会では、美容医療における「安全」をテーマに各分野の第一線の先生方が登壇されました。現在、美容医療の安全を脅かす様々な事象が報告される中、非常に活発な討論が行われました。
私は注入治療の中でも、ボツリヌス製剤を取り扱うことの「基礎」と「制御」についてお話ししました。 本日はその発表内容に基づき、当院が守り抜いている安全へのこだわりについて共有いたします。

1. 制御を失えば「毒」、制御すれば「薬」
ボツリヌストキシンの語源は、ラテン語でソーセージを意味する「Botulus」にあります。 もともとは食の安全を脅かす「毒」として発見された物質であり、美容においては、この強力な力をいかに適切に「制御」し、薬として安全につかいこなすことができるかが、安全の根幹です。

2. 生物学的製剤ゆえの「脆弱性」を理解する
同業のドクターから「機器や糸などは韓国製も採用しているのに、なぜボツリヌス製剤だけは国内承認品や厳格な流通ルートにそれほどこだわるのですか?」というご質問をいただくことがあります 。その答えは、ボトックスが「機械」ではなく、極めて繊細な「高分子タンパク質」であるからです 。
<医療機器とボツリヌス製剤の根本的な違い>
金属やプラスチックで構成される医療機器は、物理的な構造が保たれていれば、輸送中の多少の温度変化でその機能が失われることはまずありません。しかし、生物学的製剤であるボトックスは全く別物です 。

スライドに示した「苛酷試験」のデータをご覧ください。
熱への脆弱性:30℃の環境下に3週間置かれるだけで、成分含量は約54%まで低下します 。
光への脆弱性:夏の昼の太陽光に匹敵する強い光(75,000Lux)を照射すると、わずか8時間で生物学的活性はほぼ消失します 。
並行輸入などの非正規ルートでは、この「コールドチェーン(厳格な低温輸送管理)」がどこかで途切れているリスクが拭えません。管理不備によって変性したタンパク質を注入することは、期待した効果が得られないだけでなく、体内で異物とみなされ「抗体(薬が効かなくなる原因)」を産生するリスクを自ら高めることになりかねないのです。
<ボツリヌス製剤のポテンシャルを100%引き出すための取り扱い留意点>
ボトックスは物理的な振動やpHの変化でも容易に分子構造が崩れ、力価が低下してしまいます。そのため、当院では以下の点に留意した取り扱いを行っています。
物理的刺激の回避:希釈の際、「泡立てない」「激しく振らない」ことを鉄則とし、添付文書に沿った丁寧な取り扱いをスタッフにも徹底しています 。
安易な「混注」の回避:他の薬剤とボツリヌス製剤を混ぜる(カクテルする)手法もSNSなどで見受けられますが、pHの変動はタンパク質の変性を招き、本来の性能を損なう恐れがあるため、当院では安易に混ぜません。
一見効率的に見える「混ぜる」という行為によって、肝心のボトックスの活性(効果)を落としてしまっては本末転倒だからです。
ボツリヌス製剤のポテンシャルを100%引き出すために、製剤の選択、管理から調製、そして実際の注射に至るまで、この当たり前かつ極めて重要なプロセスの基礎を徹底することこそが、安全で質の高い治療の基盤であると考えています。
3. 未承認製剤・偽造品への国際的な警告
2024年には米国FDAから「美容目的の治療後にボツリヌス症が多発した」との緊急アラートが出されました。 入院を要する重篤な被害の背景には、粗悪な未承認製剤や偽造品の流通があります。 日本国内でも偽造品が発見されており、製剤の「出所」の確認は医師の最低限の責務です。

4. 潜在的リスクの徹底した事前回避
ただし、承認製剤を用いても、患者様の状態によっては不測の事態を招くこともあります。 当院では、安全に治療を行うため、事前に以下の独自のチェックリストを設けています。
まだ診断を受けていない神経筋疾患の患者さんを見逃さないことです。
診断に至っていなくても、注意すべき自覚症状(サイン)
これらの疾患は初期段階では診断がついていないことも多いため、当院のチェックリストでは以下のような「日内変動」や「易疲労性」がないかを詳細に確認しています 。
目の症状: 朝は何ともないが、夕方になるとまぶたが重く感じる(眼瞼下垂) 。
視覚の異常: 疲れてくると物が二重に見えるが、休むと元に戻る 。
喉・声の症状: 話し始めは普通だが、話し続けると声がかすれてくる 。
飲み込みの異常: 食事の途中から、飲み込みにくさを感じることがある 。
四肢の筋力: 同じ動作を続けると、急に腕や脚に力が入らなくなる 。
これらの症状は、加齢による変化と見過ごされがちですが、神経筋疾患の潜在的なサインである可能性があります 。このような状態でボツリヌス製剤を投与すると、通常量であっても全身性の重篤な副作用(全身脱力、嚥下・呼吸障害など)を引き起こすリスクがあるため、事前のスクリーニングが極めて重要です 。

5. 理論と技術の融合:表情筋調律
こうした安全性へのこだわりと、表情の自然な調和を実現する技術論は、私と西田真医師の共著『BTx TUNING ボツリヌストキシンによる表情筋調律』にも詳しく記しています。 
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結びに
美容医療は「美しくなる」ための医療ですが、その大前提として医療に最も大切なのは「安全」であることです。
私はこれからも、三川先生に教えていただいた頃の医師としての初心を忘れることなく、安全に妥協のない誠実な医療を追求してまいりたいと思います。
おまけ
学会の休憩所になんと千葉のお酒が!!!
学会場でお酒なんて!ちょっとだけ、飲んじゃいました。
この「房総」は特に美味しかったです❤️
