「調律」「Tuning」という言葉を、
自分たちの美容のクリニックの名前に使うことになるとは、
ひと昔前には思ってもみなかった。

最初は、もっと単純だった。
若いころ、ボトックスという治療に出会って、
「この筋肉を弱めれば、このシワは出なくなる」
そういうふうに、理解していた。

実際、それはその通りでもあった。
額のシワはやわらぐし、
眉間の緊張も抜ける。
患者さんも「よく効きました」と言ってくれる。
うまくいっている感じは、たしかにあった。

でも、何人も、何十人もと診ていくうちに、
少しずつ、気になることが出てくる。

シワは減っているのに、
その人らしさが、少しだけ遠くなることがある。
あるいは、別の場所に力が集まって、
思っていなかった表情が出てくることもある。

「ここを止めればいい」という話では、どうも足りない。

顔は、部品の集合のように見えて、
機械の修繕のようにはいかないらしい、
という感覚が出てきた。

たとえば、眉間の力を弱めると、
口角の緊張がゆるむことがある。
首の筋肉を調整すると、
頬の印象や、笑ったときの重心が変わる。
ひとつの筋肉の話をしているはずなのに、
いつのまにか、顔全体のバランスの話になっている。

表情は、ひとつの筋肉でできているわけではなくて、
いくつもの筋肉が、
拮抗したり、協調したり、
ときには代償したりしながら、
かたちになっている。

そう考えると、
「止める」という言葉は、
すこしだけ乱暴に感じられてくる。

強すぎるところは抑えたい。
でも、残したい動きもある。
むしろ、その人らしさをつくっている部分は、
消してしまわないほうがいい。

じゃあ、なにをしているんだろう、と考える。

ある人の表情を見ながら、
「ここは少し静かにして、
こっちはもう少し活かしたほうがいいかもしれない」
そんなふうに、いくつかの可能性を行き来する。

一度でぴたりと決まらないことももちろんあって、
施術して、経過を見て、また少し調整する。
患者さんと話しながら、
「こっちのほうが好みでしたか」と、
少しずつ方向が揃っていく。

そのやりとりは、
なにかひとつの問題を解決するというより、
全体を見ながら整えていく作業に近い。

そうやって考えていくと、
これは「調律」という言葉のほうが、
しっくりくるようになった。

ひとの顔はたしかに、

表情筋や皮下脂肪などの集合体ではあるけれど、

その構造からあらわれる表情という機能…

…楽器だな。

それも、和音を奏でられるタイプの。

強すぎる音を少し抑えて、
埋もれている音を活かして、
全体として、ひとつのハーモニーにする。

顔の表情も、
それに似ている。

美しさというのは、
無表情の完成度だけで決まるものではなくて、
話すとき、笑うとき、
ふと力を抜いたときの、
その動きの中で感じられるものだと思う。

だから、表情筋調律というのは、
シワを取るためだけの方法ではなくて、
表情そのものの整い方を考えるための、
ひとつの見方なのだと思う。

自然な仕上がり、

という言葉について前回考えてみた。
それは目指すべき大事な目標だけれど、
その内側では、
こういう調律の感覚が働いている。

どこを弱めるかだけでなく、
どこを残すか、
どう活かすか。
その優先順位を考えながら、
全体のバランスを整えていく。

「調律」という言葉は、
あとから選んだものだけれど、
振り返ってみると、
ずっとそのことをやっていたのかもしれないな、
と今では思う。

おもしろかったのは、
我が相棒(西田美穂)も同じようなころから、
同じことをやっていた、ということだ。
かっこよく言うと、
シンクロニシティ、だろうか。

最近では「似合わせボトックス」という言葉も知られてきていますね。
目指している方向は、同じもののような気がしている。

西田真

西田真が当院の治療思想を語る三部作

①「自然な美容医療って?」こちら

②美の調律 〜Tuningという考え方〜こちら

③あれも調律、これもTuning こちら